2007年 6月 24日 (日)更新
柏林寺 柏林寺の写真
河北省石家荘市趙県にあり、趙州従しん禅師の住した時代は、観音院と称した。開創は漢代で、玄奘三蔵が道深法師に半年の間学んだり、日本の円仁大師がこの寺に一泊したことが記録されている。 金代に現在の名前に改称された。 山門を入ると正面に大雄宝殿(普光明殿・1992年完成)がある。山門(1994年完成)に弥勒と韋駄天が祀られたのはまだ最近のことである。 趙州禅師の塔は左手に高く聳えて、この寺の中心的存在らしい存在感がある。参道の両側には柏の木が茂っているが、新しい柏は、浄慧法師が植えられたものである。 1万3千坪の境内に入ると、趙州塔が目に入る。高さ33米、八角七層、1330年に改築されたもので、最近は1998年に改修された。 7層8角の趙州塔は、別名「白塔」ともよばれる。 蛇足ながら、古い塔に下がっていた風鐸を、私にプレゼントしてくれた。 ほとんどが落ちてなくなっていたというから、貴重なものを頂いたわけである。 10年前は趙州塔だけが残るだけであったが、現住浄慧法師が大伽藍を再建し、仏学院(仏教大学)をもつまでに発展させた。禅堂は広く中央に阿弥陀仏が祀られる。 旧寺名にちなんだ「観音殿」が、大雄宝殿の裏に再建された。 ここを最初に参拝したのは、平成6年(1994)9月であった。 翌年から年に二回の参拝を続けている 。法師とはじめて出会ったのは、平成9年(1997)であった。 それまでは不在のため、監院の明海さんや日本僧の木村礼道さんに境内の案内をしていただいていた。 大雄宝殿の裏には1995年完成の観音殿がある。両脇に指月楼、会賢楼(1997年) 右手に鐘楼と鼓楼を兼ねた三層の建物がある(1994年完成)。 法師は湖南省新洲県で1993年8月27日に生まれ、広東省韶関市乳源県雲門山の虚雲大師について修行し、1988年に柏林寺に住した。兄弟弟子に、広州光孝寺の本煥法師、雲門山の仏源法師、香港の聖一法師、伝印法師などがある。臨済寺の有明法師は本煥法師の弟子である。 新たに建てられた浄業堂と宝樹堂がある。南面した建物の、一階が宝樹堂といい信者の納骨堂である。二階が浄業堂といい、供養をする建物である。庭を挟んで周囲に宿泊施設が設けられている。信者を大切にする思想が随所に現れている。 現在は禅堂の裏に萬仏堂の工事が行われている。 柏林寺の建つこの町は趙県という、ある時趙州塔の参拝を終えると趙県の県長と書記を紹介された。書記は女性で知的な感じの穏やかな人だった。県長も笑顔を絶やさぬ紳士で、浄慧法師は県のみならず、中国になくてはならない高僧だ、趙県人民の誇りだと話していた。